ごめん、と高杉は謝った。
すると、目の前の少女の肩がびくりと震えた。潤んだ眼で少女は高杉を見詰め、縋るように彼の名を呼ぶ。口内に苦味を感じながら、高杉は溜息を押し殺して首を振った。同じことを、繰り返し音に乗せる。
「悪いけど、その気持ちには応えられない」
高杉がそう云うや否や、少女は口元に手を当てると瞬く間に眼を滲ませ、頬に雫が零れ落ちた。声にならない言葉を呟き、くるりと高杉に背を向けて走り去る。その小さくなっていく背中を見詰め、高杉は疲れたように溜息を吐いた。
これで何度目だろう。
心の中で数えるのも馬鹿らしい数字を思い出し、高杉は憂鬱な気分になる。憂鬱なのはなにも数字だけじゃない。振ったあとの罪悪感や相手の酷く傷ついた顔を見るのも憂鬱だった。
首筋に手を当てて、深く息を吐く。気分を変えるように、まるで豆茶のように苦い空気を肺に押し込んだ。
「―――それで?銀時はそんなところで何をしてんだよ」
そんなとこ、と高杉が呆れたように視線を向け先には、緑の葉を茂らせた木の根元。三つちょこんとならんだ石仏から、眼に鮮やかな銀色が覗いている。それは高杉の声に反応して、兎のようにひょっこりと石仏の背後から出てきた。
嫌なところを見られてしまった、と高杉は所々泥で汚れた幼馴染の姿を認めながらも、その様子に苦笑を零す。どうやったら、そんなに汚れるんだろう。
「覗き見なんて、趣味が悪いぜ?」
高杉が前髪をかきあげて、銀時を見る。銀時は肩を竦めた。動きに合わせて髪がふわりと揺れる。どこかで寝転んだりしたのだろうか。髪に草が絡まっていた。
「通りかかったら、たまたま聞いちまっただけ。悪気はねーよ」
云うと、彼は少女が既に去って行った方を見やる。
「さっきの子、前に晋に結び文をあげてた子だったな。大通りの煮物屋の一人娘だったっけか?」
「知らねえ」
つられたように少女の去っていた方向を見やった高杉が興味なさそうに肩を竦める。実際、悪いとは感じつつも高杉は彼女に興味が少しもなかった。
「知らないんじゃなくて、憶えてないだけだろ。あの子から貰った手紙も、貢ぎ物も全部捨てちまってんだから」
勿体ないことをするものだと、銀時は続ける。その声音が微かに呆れたように聞こえて、高杉は眼を逸らした。
「捨ててなんかない。そもそも受け取ってねえんだから」
おずおずと差し出される手に、高杉が手を伸ばすことは一度も無い。そして彼女達の決死の想いに、応えることも。
「相変わらず、もてるな。三日前も、別の子と会ってただろ」
何で知っているんだ、と高杉は怪訝そうに首を傾げた。銀時は曖昧に笑って高杉を見ている。
「晋は、ひとを惹きつけるから。いつも、誰かが晋を見てて、すぐに解る」
銀時の言葉は高杉には嫌味にしか聞こえなかった。彼女たちは、己の容姿に惹かれているだけであって、決して高杉という中身を見ようとはしない。振ったと同時に「最低なひと!」と罵声を浴びせられることもあるのだ。時々、この外見であったら中身は誰だって良いのじゃないかと思うときがある。そう思ってしまうぐらい、彼らは自分の中身など見向きもしないのだ。
母親は役者絵の若衆みたいで自慢だと云った。父親はひ弱そうで頼りがないと云った。そして、高杉自身はこの外見が好きじゃなかった。まるで女子みたいで、意思に反して色んな虫を寄せ付けてしまう。
「嫌味じゃないよ」
高杉の心内を見透かしたかのように、銀時が云う。高杉は銀時を振り仰いだ。
「俺よりも、」
―――銀時の方がもてるくせに。
そう云い差して、けれど最後まで云わずに高杉は言葉を飲み込んだ。
高杉は知っている。自分なんかよりも、銀時のほうがよほどもてるのだ。この間、こっそりと町の女の子から恋文を貰っているのを高杉は見ていた。銀時が贔屓にしていた駄菓子屋の一人娘で、前々から銀時に熱を上げていた。桜色の着物が似合う可愛らしい顔立ちをした子で、貢物をとよく銀時に金平糖やら干菓子やら菓子をあげては、銀時も嬉しそうに受け取っていた。それだけじゃない。村の子供たちからも銀時は人気がある。「銀にいちゃん」と呼ばれていて、ことあるごとに「ねぇ、遊んで」とねだられては、面倒くさそうにしながらもその顔が笑っているのも、高杉は知っていた。いつも、横で見ていたから。
楽しそうに、眼を細めて微笑う幼馴染の顔を、ずっと見ていたから。
「俺よりも、なに?」
途中で言葉の切れた高杉の顔を、銀時が不審そうに覗き込んでくる。高杉は瞬いた。間近にある銀時の顔にはやはり泥がついていて、始終野山を駆け回っているからそんなに汚れるんだと、咄嗟に泥を拭こうと伸ばしかけた指を、けれど高杉は途中熱いものに触ったかのように引っ込めた。そっと拳を作る。
「別に、」
訊けたらどんなにいいだろうか、と思う。菓子屋の娘にどんな返事をしたのか、高杉は知る由もない。知りたくても訊けないのだ。彼女から貰う菓子を、銀時はいつも嬉しそうに微笑いながら食べていた。だからこそ、怖くて訊けない。だって、もし銀時が「そうだよ」と頷いてしまったら、自分はどんな顔をすればいいというのだろう。どんな顔をして銀時の前に立てばいいのか、解らない。
するとこつん、と何かが額に当たった。きょとんとした高杉の眼に唇で淡く微笑した銀時が映る。銀時の細い人差し指がもう一度高杉の額を突付いた。
「気を付けろよ。晋は狙われやすいから。この間も廻船問屋の若旦那にむりやり手篭めにされそうになっただろ、」
いきなり恥ずかしい過去を掘り返されて、高杉は不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「もう、そんなこと二度とねえよ」
やれやれという風に、銀時が苦笑する気配があった。呆れられたのだろうかと思い、高杉は俯く。ぼそりと独白するように呟いた。
「嫌いだ、こんな(かお)
「晋?」
だって、と高杉が俯いたまま己の身体を見下ろした。可愛いと云われて喜ぶ男がどこにいるというのだろう。男に好意を持たれて喜ぶ男がどこにいるのだろうか。男に好きだと云われて、嬉しいと想う男がどこにいるというのか。
黙り込んだ高杉の耳を柔らかな声が擽った。銀時の声は平素間延びして締まりがないくせに、時折今のように酷く柔らかな声をするときがある。高杉が銀時のその声が好きだった。
「魅惑的なんだよ、晋は。誰もが惹き付けられる」
なら、と高杉は銀時を見る。この貌で、この幼馴染を魅了できるだろうか。魅了されてくれるのだろうか。けれど、そう思った刹那、高杉は頭をぶんぶんと振ってその考えを打ち消した。そして自嘲気味に唇だけで苦く微笑う。
周りがどんなに褒め称えても、想い人が振り返ってくれないのなら、こんな貌になど意味はない。銀時が自分を好きでないのなら、いくら可愛いと周りが誉めるこの容姿なんか、高杉はいらなかった。そうでなくともただでさえ問題を寄せ付ける外見だ。女子と間違われるのも、誰かに浚われそうになるのも、もううんざりだった。
「なぁ、晋。さくらんぼ、食べたことあるか?」
「―――はあ?」
突然のことに、高杉は素っ頓狂な声をあげた。
「さくらんぼ。ほら、あすこにも生っているだろう、」
そう云って銀時が指差した先には、緑の葉に隠れるようにして見え隠れする紅い実。小路沿いには、桜桃の木が等間隔に植えられていて、毎年のこの時季になるとたわわに実をつける。村の子供たちが小腹が空いた時によく実をもいでは行って、捨てた種がまた別の場所で小さな芽を咲かせた。
彼の視線を追って桜桃に気付いた高杉はしかし、怪訝そうに幼馴染を見返す。あの紅い実がなんだというのだろう。
「その、さくらんぼがなんだって?」
意味が解らないと云いたげに高杉が眉を寄る。銀時は軽く笑った。
「甘いって話」
銀時の話はいまいち真意がつかめない。理解することを諦めて、高杉はゆうるりと首を振って息を吐いた。
銀時はぶちり、と木から紅い実をもぎ取ると、それを陽差しに透かした。初夏の太陽に照らされて、それは光り一層その実が赤味を増す。まるでおはじきようにきらりと、それは光った。
「晋、知らねーの?さくらんぼって恋の味なんだよ」
「・・・なんだよ、それ」
そんな話は今までも一度も聞いたことが無い。少なくとも高杉は今まで聞いたことがなかった。そもそも、恋に味なんてあるのだろうか。
銀時は一粒口に入れると美味しそうに咀嚼した。
「恋っていうのは、さくらんぼのように甘いってこと。―――きっと、あの子はさくらんぼを食べてしまったんだよ」
あの子だけじゃない、廻船問屋の若旦那もみんなみんな、さくらんぼを食べてしまったんだと、銀時は穏やかな声音で云う。
高杉は不思議そうな顔をしてゆっくりと面をあげた。眼を細めるように、薄く微笑した顔で銀時は高杉を見返す。真っ直ぐに見詰められて、高杉の胸がどきりとした。
「なに、それ」
それ、と銀時が口から出した、綺麗に結ばれたさくらんぼの茎に視線を留めた高杉が問う。すると、これ?と云う風に銀時は眼の高さに桜桃の茎を掲げて見せた。
「巷で流行ってるお呪いみたいなもんだよ。さくらんぼの茎を、手を使わずに舌で結べたら、想い人と両想いになれるんだってさ。晋は結べる?」
なんて答えたら良いのか解らず高杉は押し黙る。銀時はもいだ実を高杉に差し出した。
「晋は、さくらんぼ―――食べたこと、ある?」
高杉は一瞬、言葉に詰まった。銀時の顔から視線を外し、差し出された実に視線を落とす。小さな手の平に、小指ほどの実がふたつ、ちょこんと乗っていた。受け取ろうとした指を、けれど高杉は引っ込めて袖の中に隠した。
「・・・てめえは、どうなんだよ」
問われて、銀時は片方の手にした桜桃を唇にあてる。真っ赤な桜桃が銀時の銀色の髪に映えて、綺麗だな、と思った。
「あるよ。とびっきり甘くて美味しいの。―――― 一度食べたら、もう二度と忘れられない」
云い終わると、銀時は嬉しそうにふわりと微笑った。あんまりにも、幸せそうに銀時が笑うものだから、気がつけば高杉はさくらんぼを銀時に投げつけていた。
「し、晋?」
驚いたように眼を見開いた銀時に、高杉はくるりと背を向ける。ばか、と怒鳴りたいのを辛うじて堪えたら、胸がつきんと泣いた。
「帰る」
「帰るって・・・」
「銀時はそこで、さくらんぼを好きなだけ食べてたら?」
云い捨てて、銀時の返事を待たずに足早にその場を去った。そうじゃないと、今にも泣き出してしまいそうな不恰好な自分に気付かれてしまいそうだった。






「銀時のばか。なんで突然あんなこと、云うんだよ・・・」
高杉の胸は意味もなくどきんどきんと微かな痛みを伴って高鳴りつづけている。息苦しさを感じて、高杉は着物の上から胸を押えた。布越しでもはっきりと手の平に伝わってくる、己の鼓動。それは明らかに平素よりも激しく、そのことに高杉は戸惑いを隠せなかった。
意味もなく足早に歩いていると、脇の木々の緑が視界に入ってくる。桜桃の木だ。道を覆うようにして葉を茂らせている。紅い色がところどころに覗いて、高杉は首を逸らして見上げた。
たわわに実った桜桃は今にも枝から落ちてしまいそうなほど。もう少しすると、熟した実が雨のように空から降って来るかもしれない。落ちた桜桃をきっと銀時なんかが喜んで拾っていそうで、脳裏にありありと浮んだ光景に、困ったように微苦笑する。
耳奥では、先ほどの銀時の言葉が渦巻いている。思い出すたびに、またちくりと高杉の胸が悲鳴をあげた。
銀時は、誰のさくらんぼを食べてしまったのだろう。それは、たぶん、きっと自分ではない別の誰かのものだ。だって男が男を好いてるなんて普通ならありえないことで、そんなありえない想いを胸に抱いた高杉はなんだか泣いてしまいたい気持ちになった。
そっと伺うように、背後を振り返る。暖かな陽差しを受けて、木々の豊かな葉の影が道に鮮明な影を落としている。光り溢れる緑の拱道には自分以外の人影がない。遠くまで続く道先は陽炎で霞んだようにぼんやりとしていた。
追いかけてきてくれていたなら、とそんな淡い期待をしていた高杉は寂しげに眼を伏せた。暫く見詰めて、しかし想いを振り切るように、ごしごしと目許を拭うと、勢いよく背を向ける。
「すまないね、きみ。ちょっといいかい?」
そこへ、見知らぬ男に不意に声をかけられて、高杉は眼をぱちぱちしながら怪訝そうに面を上げた。見ると、道脇に柔和な顔をした男が高杉に笑いかけている。この辺りでは見かけない顔だ。
「きみ、ここいらの子かね。道を訪ねてたいんだ。どうやら、道に迷ってしまったらしくてね」
男は困ったように両手の平を掲げてみせた。高杉は足を止めて、不審そうに男を見やる。
こんな田舎で道に迷う人も珍しい。が、どうやら男の格好は旅人のものらしく粗末な単衣を纏っている。こんな田舎に好き好んでくる奴もいるもんだと、珍しさから高杉は足を止めた。 「どこへ、」
高杉が足を止めたことによって、男は明らかにほっとした顔をした。近付き、高杉に目線を合わせるように屈みこむ。
「ここいらに金鍔の旨いお店があると聞いてね。きみ、知っているかい?大層な評判なんだが、」
金鍔の旨い店といえば、高杉の知る限りひとつしかない。銀時が贔屓にしている店だ。高杉も何度か連れて行かれたことがある。甘すぎない餡が売りの、小さな駄菓子屋で、あそこの娘が銀時に熱を上げているのを知ってからというもの、高杉は一度も近付いてはいない。
それなら、と高杉が視線を男から道の先へ向けた。この先を真っ直ぐ行った突き当たりを右に曲がれば町に出る。そう、説明しようとした瞬間、突然口元を何かで塞がれて高杉は息苦しさを感じた。
「・・・え、」
思いを音にして口に出した時には既に、奇妙な浮遊感を感じていた。見ると、地面がいつもより遠くにある。
抱きかかえられているのだと気付いたときには既に男は走り出していた。途端、高杉の身体に激しい震動が打ち付ける。
―――人攫い。
その単語が頭の中に浮ぶや否や、高杉は知らず眉間に皺を寄せた。これで幾度目だろうと、溜息さえ吐きそうにもなる。
高杉にとってこうしたことは珍しいことではない。この外見のせいで今まで何度も似たような目に遭ってきた。身形も良いから、お金目当てのこともしばしばである。男の服装が粗末なことから、どうせ今回もそうだろうと思い、高杉は身体を思いっきり捻った。
「離せ!」
腕を突き出し、男のわき腹に思いっきり拳を入れた。間近で男が舌打ちする音が聞こえる。もう一発と再び拳を強く握ったところで、暴れる高杉に業を煮やした男が、そこいらの草叢に高杉を押し倒した。背中に痛みが走って、息が詰まる。
「あんまり手を焼かすもんじゃねえぞ。痛い思いはしたくねえだろう、お嬢ちゃんよ」
「俺は、お嬢ちゃんじゃない・・・!」
背中の痛みに咳き込みつつ、高杉は男を睨みつける。すると、男は意外そうに眉を吊り上げたかと思うと、徐に高杉の胸元に手を当てた。
「なるほど」
低く呟かれた声に、高杉の背筋がぞくりとした。男はにやりと笑うと、
「なあに、どっちでも構いやしねえさ。こんなに可愛けりゃ、俺としても問題はねえ。―――おっと、暴れてくれるなよ。大人しくしてたら、なあんにも痛いことなんかしないからねえ」
云い終わらないうちに、男の手が高杉の襟を掴んで一気に剥いだ。衝動で高杉の小さな身体も揺れる。生暖かな風が曝された胸元を撫でていった。
「っな・・・!」
何をするんだ、と咽喉から出かかった言葉は音にならずに空気溶けて消えていく。男が高杉に馬乗りになり、その両腕を封じたからだ。代わりに、焦燥感に似たものが高杉の身体を駆け抜け、口からは「なにを、」という呟きが零れる。
「なにを?野暮なことを訊く子だねえ」
男の無骨な手が高杉の白い胸元を撫でる。汗ばんだ、ねっとりとした手の平に高杉は身震いをした。この男は何をする気なのだろうか。触れた男の手の平から嘔吐感がこみ上げてきて、高杉は必死に身をくねらせた。
「・・・汚い手で、触るな・・・・・・・!」
漸く云えたのは、その一言だけだった。男は胸元を撫でる手を止め、くいっと高杉の顎を掴むと顔を向きなおさせる。男の顔には笑みが浮んでいた。それは、にたりとした、粘着性のある笑みだった。その眼を見て、一気に恐怖が高杉を襲う。
「まーだ、自分の置かれている状況が解っていねえみたいだな。どれ、ひとつ解らせてやろうか」
男が顔を近づけてきた。高杉は我武者羅に手をばたつかせたが、体力の差で捻じ伏せられてしまう。熱い息が頬にかかったかと思うと、男の舌がべろりと高杉の首筋を舐めた。びくりと男の舌の感触に高杉は身体を震わせる。
「や、」
呟きが自然と口から零れ落ちた。恐怖に眼を見開いた高杉の様子を、男は明らかに楽しんでいる様子だった。何度も何度も首筋を舐めて、その手は高杉の胸元をいやらしく弄っている。
「いや、だ、」
「大丈夫だからねえ、痛くないからねえ」
そう呪文のように、男は高杉の耳元で繰り返す。両腕を左手で押さえつけられた高杉に嫌な声から耳を塞ぐ術もない。もちろん、高杉の腹部に触れてい男の右手を払いのける術も。
「―――や、だ。いやだ」
叫ぼうにも、声が咽喉の奥に張り付いたように、出なかった。からからと極度に水の渇きを覚えて、高杉は酸素を求めて水面に浮かび上がる鯉のように口をパクパクする。
「やめ、」
ぞくりとした悪寒が走った。男が高杉の首筋から胸にかけて舌を乗せている。くちゃり、と不快な音がしたかと思うと、男の舌が触れた部分がまるで肌を引き裂かれたかのような痛みを感じて、高杉は狂ったように身体をよじった。
「きみは、どんな声で鳴くんだろうねえ。ほら、鳴いてごらんよ、」
「・・・ん・き・・・」
男は高杉の胸に舌を這わせたまま、袴の合間からするりと高杉の足へと伸ばす。ねっとりとした感触に、全身の毛が逆立つのを感じた。
「・・ぎん・き・・・」
すると、口に突然何かを放りこまれて高杉は息が詰まった。柔らかくて丸いものだ。げほげほっと咳き込み、どうにか口の中のものを吐き出そうとする。男がいやらしい眼で高杉を見下ろしていた。なんとかして、それを吐き出すと、途端呼吸が楽になった。地面に吐いたそれを空ろな眼で見やると、鮮やかな紅が眼に突き刺さる。
―――桜桃だった。
熟したばかりの真っ赤な桜桃がころりと地面に転がっている。まるで、男の身体の一部を入れられたかのように、高杉にはその紅い実が気持ち悪くて仕方がなかった。
「―――や、あ、」
蟻走感が背中を這い上がる。手足をばたつかせて、男の手から逃れようと高杉は必死にもがいた。けれど、もがけばもがくほど、男の拘束は強く痛いものになってくる。
「嫌だ、嫌だ、銀時――――!!」
堪えきれず高杉が叫んだと同時に、耳に慣れ親しんだ声が聞こえた気がした。
「―――――晋!!」
その時、高杉の視界を光が横切った。


次の瞬間には身体中を縛るかのような圧迫感が消えていた。ふわりと身体が急に軽くなる。腕の拘束が解けて、反射的に高杉は両腕を抱え込むように身体を丸めた。
どさっという鈍い音がしたかと思うと、続いて小さな悲鳴が聞こえた。そして草の踏む足音がして、名前を呼ばれる。
「晋!?」
地面に付したまま茫然としたように己を見下ろす幼馴染を、ただただ高杉は見上げた。彼は顔いっぱいに心配の色を浮かべている。
「―――・・・銀、時?」
「大丈夫か、晋」
どうして、銀時がここにいるのだろう。最初に思ったことがそれだった。
陽差しの背に受けた銀時は、ほら、と云って高杉に手を差し出してくる。高杉は馬鹿みたいにきょとんとして眼を瞬かせた。
「逃げるぞ」
握り返さない高杉の手を掴み、銀時は強引に高杉を立たせると、強く腕を引いて走り出した。う、と呻き声が聞こえて振り返ると、男が苦しそうに顔面を押えているのが視界に入る。その手からは血が流れ出ていた。
そのままぐいぐいと銀時の腕に引かれたまま、高杉と銀時は走った。握られた右手から、銀時の暖かな体温が伝わって来て、そこで漸く高杉は急激な安堵を感じた。けれど、それと同時に恐怖が頭をもたげて、真冬の雨に打たれたように高杉の身体がぶるぶると小刻みに震える。きっと銀時も気付いただろうに、彼は何も云わず黙って高杉の手を引いた。
高杉は胸元を掻き合わせて手でぎゅっと押えると、俯いたまま唇を噛み締めた。脳裏に、気をつけろよ、と云った銀時の声を思い出す。怒っているだろうか、呆れられているのだろうか、それとも面倒な奴だと思っているのだろうか。高杉には解らないけれど、解らない方が良いような気がした。
ただ縋るように銀時の手を握り返す。伝わる体温に、高杉はぽろぽろと今にも弱音が溢れてしまいそうだった。だから、高杉はぎゅっと唇を引き結んで、溢れ出そうになる色んなものを辛うじて堪える。情けなや恐怖など、そんな色んなものがごちゃまぜになって、何一つとして言葉にならなかった。
「狙われやすいって、」
そう突然背中越しに声をかけられて、俯いた顔を上げる。目の前に見慣れた幼馴染の背中があった。
「そう、云っただろ。晋は誰構わずひとを惹きつけるから、気をつけろって」
銀時は決して高杉を振り返ろうとはしなかった。ただ真っ直ぐ前を向いた背中だけで語りかけてくる。やはり怒っているんだ、と高杉は繋いだ手に視線を落とした。きっと、この幼馴染は知らない。繋がれた銀時の手がどうしようもないぐらい、嬉しくてたまらないということを。
けれど、それと同時に男に触れられた部分が蛇に巻きつかれたかのように、いまだにねっとりとした感触がして高杉を苛ませた。まるで背中からあの男に強く抱き締められているみたいだ。
「―――銀時には、」
そう云いかけた、高杉の視界をきらきらとした光が掠めた。
「関係ねーだろ」
そう云い放つと同時に、高杉は繋いだ手を自ら手放して、その小さな身を孤橋から投げ出していた。
「晋!?」
指先に繋がれていた温もりが突然消え失せて、銀時が慌てて高杉を振り返る。すると、既に高杉は申し訳程度にかかった孤橋から川に飛び込んだあとだった。
「・・・晋?」
橋の上から、銀時の声が降って来る。その声音が心配そうに潜められていた。 高杉は水嵩が膝程しかない川に身体を沈めて、蹲る。気持ち悪い、とぼそりと呟いた。まだ、身体中にあの男の感触が残っている。気持ち悪くて、吐き気がしそうだった。ごしごしと胸元を裾で何度も擦りながら、高杉な唇を噛み締める。気持ち悪いのは男の感触だけではなく、むしろ自分の身体そのものかもしれない。ふと、そんなことが頭を掠めた。
突然、暖かなものが高杉を包み込んだ。え、と思った高杉はすぐに自分が銀時の腕の中にいるのだと気付く。
「銀時、」
「晋、怖いか?」
高杉の科白を遮って、そう銀時が耳元で囁く。頬に触れる銀時の身体からとくんとくんと微かに鼓動が伝わってきて、嗅ぎなれた草のにおいが鼻先を掠めてた。数度眼を瞬きして、高杉はゆるうく首を振った。銀時を、怖いとは微塵も思わなかった。
高杉の視界いっぱいに広がる、銀色の光り。高杉は眩しさから眼を細めた。指を伸ばせばすぐそこに、焦がれた光がある。
ほっとするように、銀時が余計に強く高杉を抱き締めた。痛い、と云おうとして、けれど銀時の心から安堵したかのような柔らかな声音に高杉は黙る。
「無事で、良かった・・・」
その時、どくん、と高杉の胸が鳴った。
「ああ、ほら。そんなに強く擦るから、血が滲み出てんじゃねーか」
裾で隠すように押えていた手を退かして、銀時は呆れたように云う。高杉の胸元には確かに、衣で擦れて血が滲み出ていた。
「川水で倦むかも。ちょい待てな」
そう云ってごそごそと袂をまさぐりはじめた銀時を横目で見ながら、高杉はまた、どくん、と胸が鳴るのを感じた。びくりと、その衝撃で高杉の身体が微かに震える。
「どした、晋」
腕の中で震えた高杉に気付いた銀時が、怪訝そうに声をかける。その声を聞いた途端、高杉はぐいっと己の身体から銀時を引き剥がしていた。
「・・・晋?」
吃驚したように眼を見開く幼馴染に背を向けて、高杉はぺたんと川底に座り込むと身体を丸めた。何故だか、胸が苦しくて仕方がなかった。身体中が火照ったように熱い。
「晋、どうした。まだ、気持ち悪いのか?」
怪訝そうに、銀時は高杉の肩に触れようとした。けれど、その手を高杉は払いのける。
「触るな・・・!」
視界にびっくりした表情の銀時は映ったけれど、高杉は眼を逸らした。払ったときに銀時の手の触れた部分が、まるで腫れたように熱を帯びている。じんじんと疼くように熱さを感じて、高杉は右手を突っ込むように川水に浸けた。それは、今にも全身に広がってしまいそうで、熱はじわりじわりと高杉の内側から蝕んでいく。息が苦しかった。
「・・・・・いいから、銀時は帰れば、」
なんて掠れた声だろう。高杉自身、笑ってしまうぐらい、掠れた声だった。
「こんな状態のお前を放ったまま帰れるかよ。いつまたなんどき襲われるかもしれねーのに」
がりがりと頭をかき、それから、肩を竦める気配がした。呆れたような、そんな声に内心でびくりとし、高杉は伏せていた顔を心持ち上げて銀時を見上げる。
どうして、と言葉が口を突いて出そうになった。どうして、銀時は自分があの場所で襲われていることを知っていたのだろう。あの後追いかけてきてきれたのだろうか。けれど、その一言は、どうしても訊けなかった。
優しいから、と高杉は掻き合せた襟元を掴んだ指に力を込めた。こうやって誰構わず優しいから、銀時はいつだって誰かを惹き付けて人気なのだ。そして、どんどん自分の手の届かないにひとになっていく。
高杉は一瞬、眩しいものを見るかのように眼を細めて銀時を見詰めた。その瞳は狂おしいまでの哀しみを湛えていて、しかし直ぐにそれは瞼の裏に隠される。銀時の優しさが、高杉には辛かった。
「誰に襲われようとも、おまえには関係ねーだろ、」
そう、吐き捨てるように云う。決して素直になれない自分に眩暈がした。
不意に両頬に温もりを感じた。ぐいっと両手で頬を包み込まれて、むりやり顔を上向かせられる。間近に怒った銀時の顔があって高杉は、はっと息を飲んだ。
「それ、本気で云ってんの」
「銀」
「さっき、あんなに嫌がってたじゃねーか。腕を掴まれて、押し倒されて、泣きそうな顔をしてたはどこの誰?」
銀時の腕に力がこもる。言葉には荊の刺があった。高杉の脳裏に先ほどの光景が思いだされて、俄に恐怖が蘇る。
「は、離し――」
「それとも、あんな貌をして焦らしてたっていうのかよ、」
鋭い声が耳を突いた。顎を掴まれて引き寄せられる。あ、と思う暇もなく、唇に柔らかな感触がした。それは怒りに身を任せた荒々しいもので、貪るような口付けに高杉の咽喉は鳴った。
「・・ん、」
高杉の心臓が痛いぐらいに悲鳴をあげる。見開いた高杉の眼は確かに銀時を捉えているのに、あの男の顔が重なって見えた気がして、高杉は目の前が真っ赤な斑模様になった気がした。
「や・・・!」
悲鳴に似た小さな叫び声を発して高杉が抵抗すると、慌てて銀時が手を離した。束縛が解けて高杉はほっと息を吐く。銀時はごめん、と小さな声で謝った。
「晋が、あんなこと、云うから」
高杉は濡れた前髪の合間から幼馴染を見上げた。銀時は顔を高杉から逸らして、あらぬ方向を見ている。
「晋は自分の価値を解ってない。その容姿がどれだけ周りを惹き付けるのか、その声がどれだけ甘く響くのか。俺が今どんな気持ちでいるのかってことも。―――あの時、俺は本当はあの男を斬り殺そうかと思った。晋にあんなことをして、」
銀時は唇を噛み締めるように低い声で云う。けれど、肩を竦めるようにふっと息を吐くと、困ったように微笑った。
「晋、お願いだから、自棄になるなよ」
その微笑に、また高杉の胸が高鳴る。動揺する気持ちを悟られまいと、高杉は震えそうになる手に、力を込めた。
「事実を云ったまでだ」
「―――・・・晋」
名前を呼ばれたかと思うと、そっと銀時が襟元強く握った高杉の手を取り、徐に手の平に唇に押し当ててきた。瞠目した高杉に、銀時はさらりととんでも無いことを云ってみせた。
「抱いて、いい?」
高杉は咄嗟に言葉が出てこなかった。唖然としたように、銀時の顔を凝視する。銀時はいつものように、ひどく柔らかな微笑をその眼と唇に湛えていた。あんまりだ、と高杉は思った。
そんな顔をして云うなんて、あんまりだ、と。
「晋が、誰にでも襲われて良いっていうのなら。俺が、晋を抱いてもいい?」
恐る恐るという風に、ゆっくりと頬に伸ばされた指先。高杉は抗うこともなく、ただじっと銀時の顔を見詰めつづけた。今まで診たことも無いほどの真摯な表情に、高杉は息を止める。透きとおるような銀色の眼に、眼を奪われた。夜の月をまるでその眼に閉じ込めたみたいに、銀時の眼は煌々と陽差しを受けて輝いている。
指先から伝わる、体温。男の時は気持ち悪かったのに、何故か銀時からは心地よいとしか感じなかった。
高杉は頬の触れた銀時の指先に、瞳を細める。そうして、呆れるように、云った。
「了承とるつもりかよ。合意の上での行為は襲われるとは云わねえよ」
どんな理由があっても、きみに抱かれるのならなんだっていい。そう、高杉は笑うように口端を持ち上げた。
すると、突然銀時が高杉を肩を掴んで押し倒す。背中に河原に生えた葦草の感触がして、盛大に水飛沫が散った。全身水で濡れる。
「銀―――」
「晋、いま、本当はつらいんじゃないの?」
ほら、と銀時が高杉の火照った胸元に濡れた手を置いた。
「こんなにも、熱い。さっきの男に、もしかして、感じてた?」
「・・・んなこと、あるかよ」
ぷい、と顔を背ける。くすりと、微笑する声が頭上から降ってきた。
「知ってる。お前が気の無い奴なんかに、下心なしにはイイ貌しないってことぐらいさ。―――でも、意識とは関係なく身体は求めてる」
「・・・銀時、さっきから何が云いたい、」
「楽にしてあげるって云ってんの」
そう云って、銀時は高杉の首筋に唇を乗せた。唇の触れた個所が微かに火が灯ったような熱を感じる。それは、じんわりと雨水が大地に染み渡るように、身体中を熱で溶かしていくかのようだった。
「銀時、」
首筋に触れた銀時の唇の感触に、高杉はぞくりとする。けれど身体を震わせた高杉を宥めるように、銀時の愛撫は何処までも優しかった。
「どこを触られたんだ、」
どこ、と問われても高杉は答えられなかった。銀時は高杉が必死で掻き寄せた襟を丁寧に剥いで、胸元を曝す。高杉の胸には、乱暴に強く何度も衣で擦った跡がくっきりと残っていた。
「沁みるかもしんないけど、」
そう前置きをして、銀時は赤くなった肌に舌を乗せる。あ、と思わず高杉の口から呟きが零れた。唇で触れられたときよりも熱い衝撃が高杉を襲う。いや、それは衝撃というよりも痺れに近かった。銀時の舌が肌に触れるたび、全身を襲う痺れに、高杉は地面に爪を立てた。そうでもしないと、口から無意味に声が零れてしまいそうだった。
「もっと、早く助けに行けたらよかったんだけど」
ごめんな、と高杉の擦りむけた肌を見て苦しそうに云った。その顔を見ながら、高杉は泣きそうになる。銀時が謝る必要なんてこれっぽっちもないのだ。総て、自分が悪いのだから。
この貌が悪いのだから。
「でも、」
でも、と高杉は唇を震わせながら音を紡いだ。自分を見下ろす幼馴染に微笑んでやる。
「でも、銀時は、来てくれた」
それだけで充分すぎる、と高杉は腕を伸ばす。ちゃんと、助けに来てくれた。そこのことが高杉には嬉しくて、銀時の首に腕を回して、頬に顔を寄せた。
「銀時」
あの男に触れられて、腐ったんじゃないかと思うぐらい異臭を放っていた肌が、銀時が触れるたびに嫌な感じが少しずつ解けていく。銀時の舌は少しざらりとしていて、こうやっていつもかき氷や飴を食べているのだろうかと思うと、なんだか可笑しい気がした。自分は黒蜜みたいにはちっとも甘くないだろうに、それでも銀時は舌を這わすのを止めなかった。
その時、銀時の唇が高杉の胸の突起に触れた。そのまま銀時の舌が高杉の乳首を噛み、吸い付く。ん、と高杉が堪えきれずに甘い吐息を零した。
「銀、時」
「黙って、晋」
我慢できずに名前を口にした高杉の唇を、銀時の手が塞ぐ。それでも、高杉の声は止まらない。堪えようとすればするほど、銀時の舌がそれを邪魔して思考が定まらなくなり、声が出てしまうのだ。銀時は高杉の口に指を入れた。
「ちょい、我慢な」
切羽詰ったように熱の含んだ声で、銀時が耳元で囁いた。
銀時の指が高杉の舌を絡め取る。微かに桜桃の味がして、甘い指、だと思った。銀時の指にしきりに舌を弄られるので、高杉の咽喉が妖艶に鳴る。銀時の舌は高杉の臍をなぞり、空いた手がそっと高杉の太股に触れた。びくり、と高杉の身体が震えたのを感じ取って、銀時は高杉の腰を強く抱き寄せる。
「怖い?」
額と額を触れて高杉に問うと、至近距離で見る高杉の眼は雨に濡れたようになっていた。口から指を出してやると、高杉はゆっくりと首を振る。
「いいから、抱いて」
抱いて、銀時。
そう高杉は懇願するように掠れた声で云った。
その声が余りにも甘く銀時の耳に響いたから、己を抑えることが出来なった銀時は乱雑に高杉の髪を掴んで顎を仰向かせると、喰らいつくように唇を重ねる。舌を入れ、高杉の口内を荒らした。口付けと口付けの合間に、高杉の声が漏れる。
「ん・・・あ・・・」
銀時の舌が高杉の舌を吸い上げる。絡めば絡むほどお互いの唾液が滴って、高杉の頬を濡らし首筋へと流れた。銀時は腰を抱き、舌を絡ませたまま、指を高杉の太股に這わせた。衣を掻き分け、高杉のもっとも熱くなっている個所を探り当てると、躊躇わずに触れる。
「ッぁ・・・っ」
触れた途端、高杉が敏感に反応して、仰け反った。銀時はお構いなしで、弄る指を止めない。衝動的に高杉は身体を捻ったが、銀時に強く腰を抱きかかえられているため、余計二人は絡まった格好になってしまった。
ぐちゃ、と鈍く淫靡な音を立てて銀時の指が高杉の中へと入っていく。高杉は息を詰まらせた。それでも銀時が口付けを止めないので、僅かな隙に濡れた小さな声を零す。
「痛いか?」
唇どうしを触れ合わせたまま、銀時は問う。
銀時の指が動くたび、高杉の小さな身体に甘い痺れが走る。身体中が火照り、特に銀時に触れられた場所は、まるで焼き鏝を押されたかのように熱かった。一本、二本と銀時の指の本数が増えていっても、高杉はそれを拒まなかった。意識よりも先に身体が反応して、銀時の指を求めていた。
「へ、いき」
高杉は微かに笑って答えた。言葉は銀時の口内に吸い込まれて消えていく。高杉は指先が白くなるぐらい、銀時の着物を掴んで、その快感に必死で堪えた。耳を突くのは己の出す淫靡な音だ。
何度目か指を出し入れしたとき、漸く銀時は高杉から唇を離した。はあ、と高杉が息を吐く。上からも下からもせめられて、正直高杉はどうにかなりそうだった。
汗で額に張り付いた高杉の前髪を銀時がそっと拭う。自分を見下ろす眼がどこまでも優しいことに気付き、俄に高杉の胸がどくんと鳴った。既に高杉の心臓は銀時のせいで、今にも破裂してしまいそうである。
銀時、とそう名前を呼ぼうとしたら、額に柔らかな唇が触れた。見開いた高杉の眼に、濡れた指を咥えて微笑む銀時の姿が映る。妖艶に自分を見下ろす銀時に、どきん、とまた高杉の胸が鳴った。
「悪い。ちょっと手加減できないかもしんねえ」
そう云って銀時は高杉の腰を持ち上げると、今度は指ではなく己のを高杉に押し入らせた。濡れた粘膜を擦りながら分け入り、潤いに満ちたそこは銀時を迎えるが、慣れていない高杉の身体が悲鳴をあげる。
「や・・・あ・・・っ」
銀時の首に回された腕に力が込められた。銀時は股を手で押え更に深くいれる。熱く湿った高杉の吐息が耳にかかり、銀時は高杉の口から零れた唾液を舌で拭った。
「っつ」
高杉の狭さに、銀時が声をあげた。けれど、それ以上に高杉の方が今にも泣き出しそうな顔をして、喘いでいる。
「ん・・・・っあぁ・・・・・・・っ」
嬌声が草叢に響き渡る。高杉の吐き出す熱い吐息に混じって、ぐちゅぐちゅと湿った音が二人を包み込んだ。荒い呼吸を繰り返しながらも、時折思い出したかのように口を閉ざそうとする高杉に、銀時は舌を挟ませる。
「声、出して」
舌で無理やり高杉の口を開く。首に回された手が震えて、高杉は囁くような小さな声を紡いだ。
「もっと」
ねだるように銀時は高杉の熱くなった部分に手を触れた。銀時の指先にねっとりとした粘液が滴るように、纏わりつく。
「そこ・・は・・・っやあ―――やだ・・あぁっ」
銀時に根元から締め付けられ、先端をはじかれて、高杉が抑えきれずに濡れた声を漏らす。高杉はあまりの快感に気を失ってしまいそうになった。銀時に触れられるたび、言葉にならない想いがこみ上げてきて、滲み出る涙で視界が歪んだ。銀時はゆっくりと指で撫でるように摩り、揉みたてる。先端から潤いが溢れ、縁から雫となって落ちた。高杉の口から嬌声が零れる。
「やだって、どうして?」
銀時は意地悪そうに耳元で囁き、高杉の耳を甘噛みした。高杉は愉悦から、辺り憚らず喘ぎ声を響かせる。周りに誰かいるかもしれないという考えは既に吹っ飛んでいて、ただただ腰を貫く残酷なまでの甘い痺れに、無我夢中で耐えた。
「・・・んはぁ・・・っや―――・・・ぎ、銀時・・・っ」
銀時が腰を動かすたびに、いやらしく湿った音をたてて、高杉は羞恥心で今にも死んでしまいそうだった。既に、銀時が根元まで埋めた時点で高杉は限界に近かった。首から掻き抱くように銀時の背中へと腕を回す。肩口に額を押し付けた。
「い・・や、もういやぁ・・・・っあぁ・・・っ」
抜き差しされるごとに、慣れていない身体に微かな痛みが走った。痛いのに、高杉にはそれが甘く感じられて仕方がない。砕けるように腰が崩れ落ちてしまい、背中に縋るつくので精一杯だった。
「お願、い・・・やめ―――」
銀時が高杉の腰を抱えて思いっきり引き寄せた。浅く深く抽挿を繰り返していたのが、根元まで押し込められる。声にならないどこまでも甘い喘ぎ声が絶えず高杉の小さな口から零れては、転がるように二人の身体の上に落ちた。
まるで熱病のようだ。抱かれながら、かろうじて繋ぎとめた意識の中で、高杉はふとそんなことを思った。視界の隅で揺れる銀色。陽に透けて、それは水面のようにきらきらと輝いている。眩しくて、高杉は熱に浮かされたように、ゆっくりと瞳を閉じた。耳元で、銀時が搾り出すような微かな声で、高杉の名を呼んだ気がして、ずっとこの声を聞いていたいと思った。
それは、さくらんぼのようにどこまでも甘い時間だった。






「ねぇ、晋。恋の味ってどんな味か知ってるか?」
そう背後から声を投げられて、高杉は心持ち首を傾ける。首を動かすと銀時の暖かな胸が頬に触れた。銀時は後ろから高杉を抱き込むように座ったまま、川に手を浸している。
「さくらんぼ、の味じゃなかった?」
今朝方のことを思い出しながら、高杉が答える。咽喉を動かすと、その震動が肌を通して銀時にも伝わるかのようだ。着崩れた着物を掻き合せた格好のまま高杉は銀時の胸に抱えられている。はだけて剥き出しになった細い肩に初夏の風が優しく口付けをしていった。
「そう。きっとさくらんぼのように甘いんだよ」
甘い、と銀時は強調した。そんな銀時の、川に浸した手の平にはいくつか桜桃が握られている。先ほど木から一等紅く甘そうなものを選んで、もいだものだ。
「銀時の食べたさくらんぼは、一度食べたら二度と忘れられねーんだろ」
拗ねたように高杉が唇を突き出した。その様子に、銀時がおかしそうに笑みを噛み殺しながら、
「どうして、高杉怒ってんの?」
そう云って高杉のうなじに唇を落とす。くすぐったさを感じて高杉は首を竦めた。
「晋、最後まで俺の話を聞かなかっただろ」
「銀時?」
うなじに唇を触れたまま、銀時はぎゅうと高杉を抱く腕に力を込めた。紡ぐ声はまるで歌うかのようで、微かに笑みを含んでいる。
「―――初めて会ったときから、もう駄目だと思った」
銀時がいったい何を云いたいのか解らず、高杉は眼だけで銀時を振り返る。銀時は笑っていた。銀色の眼を細めて、高杉を見詰めている。それは限りなく優しい顔だった。
「・・・銀時?」
「ねぇ、知ってっか、晋。さくらんぼって甘いんだよ。一度食べたら、二度と忘れられないぐらいに」
唇に冷たさを感じたかと思うと、するりと何かが口の中に落とされた。見ると、銀時の手から桜桃が一粒、消えている。驚いた高杉に銀時は一層笑みを深めると、食べてみろと云う。
高杉は怪訝そうにしながらも味を確かめるように桜桃に歯を立てた。途端、甘いような酸っぱいそうな果実独特の味が口内に広がる。
「・・・・・・酸っぱい」
感想を漏らした高杉に、あはは、と銀時は声をあげた。
「それで良いんだよ。その甘酸っぱさが、銀ちゃんの食べたさくらんぼの味なんだから」
え、と高杉は眼を瞬く。そこでもう一粒、口の中に桜桃をいれられた。銀時、と振り返ろうとした高杉は、しかし突然落ちてきた唇に口を塞がれる。間近にある銀時の顔。一瞬何をされたのか理解できず、ただ見惚れるよう高杉は銀時の瞳に眼を凝らす。銀色の世界に、はっきりと己の姿が映っていた。するりと舌が伸びてきて、銀時は高杉の桜桃を絡め取っていった。
唖然とした高杉に、銀時は美味しそうに顔を綻ばせる。
「ほら、やっぱりこんなにも甘い」
甘いよ、と銀時はもう一度繰り返すと、
「云ったろ。俺の食べたさくらんぼは、とびっきり甘いって。―――今食べたさくらんぼのように、」
高杉は今聞いたことが信じられないような気持ちで、眼を見開いて銀時を見返した。だって菓子屋の娘は、と言い返そうとして、けれど高杉は口を噤む。じわじわと銀時の声が、まるで雨水が大地へと染み込んでいくように、耳から身体中へと浸透していく。やや暫くすると、全身の力が抜けて、高杉はぱたりと銀時の胸に倒れこんだ。
「晋?」
馬鹿みたいだと思った。ひとりで悩んで哀しんで、少しも銀時の言葉に耳を傾けようともせずに、勝手に想いばかりを募らせて。―――本当に馬鹿みたいだ。
高杉は銀時の鼓動に耳を澄ませた。とくんとくん、と規則正しい心音。腰に回された腕の力強さや頬に触れる胸の温もり、手を伸ばさなくてもすぐ側にある存在。
「なぁ、銀時」
ん、と銀時が首を傾げる気配がした。高杉は銀時の手から桜桃の実を取ると、それを茎ごと口に含む。見上げると、空は濃い瓶覗色をしていて、その下で自分に微笑いかける幼馴染の顔に、高杉は笑いながら手を伸ばした。
耳元で、いつかの銀時の声が蘇る。甘く、優しく、まるで風のようにその声は囁いた。
―――さくらんぼの茎をね、舌で結ぶと・・・・
「俺も、もう食べてしまったんだ」
それも、とびっきり甘酸っぱいさくらんぼを。
そう云って、高杉は銀時に唇を重ねた。















お粗末さまで御座いました。高杉さんが乙女過ぎました。そしてわたしにはR20は無理で御座いました・・・。高杉受けかどうかも甚だ怪しい作品では御座いますが、チェリー企画さまに捧げます。(20070707)

四季